どうも、久我レイジです。
今日、noteの累計PVが15万を超えました。
ものすごい数字かと言われれば、もっと読まれている人はいくらでもいます。それでも僕にとっては、ちょっと特別な15万PVでした。
本気でnoteを書こうと決めたのが、昨年の7月29日。
そこから約1年、振り返ってみると僕がやってきたことは本当に地味です。できるだけ毎日書いて、自分がやったことや考えたことを残す。反応が悪い日も、ほとんど読まれない記事があった日も、それでもまた次を書く。
結局、それを繰り返してきただけでした。
SNSを見れば、「爆伸びしました」「一気にフォロワーが増えました」といった投稿が流れてきます。
そんなものを見ながら、地味に記事を書き続けている自分が、とんでもなく遠回りしているように感じたこともありました。
でも、ある時から考えるのをやめました。
もう、コツコツやるしかない。
毎日書いて分かったのは、読まれる記事を当てる能力より、外した翌日にも書ける能力の方が大切だったということです。
時間をかけた記事が驚くほど読まれない一方で、何気なく書いた昔の記事が後から読まれることもある。だから今は、1記事ごとの数字に以前ほど一喜一憂しなくなりました。
今回15万PVを超えて嬉しいのはもちろんですが、それ以上に大きいと思っているものがあります。
1年前の僕が何を考え、何に悩み、どんなことに挑戦して、どこで失敗したのか。それが文章として残っていることです。
SNSの投稿は流れていきます。でも記事は残る。
メタバースドラマ、AIを使った創作、WordPressの開発、発信について考えたこと。実際に自分で経験したことを書いているうちに、noteそのものが僕の活動記録になっていました。
最近はSubstackでも発信を始め、自分の実験や一次情報を残す場所としてKR LABも作っています。
1年前は、ただ記事を書いていただけでした。
今は、Xで出会ってもらい、noteで深く知ってもらい、Substackでつながり続けてもらう。そして、実際にやったことや数字、検証結果はKR LABに残していく。
僕の中で、「発信」という言葉の意味そのものが少しずつ変わってきています。
15万PVまで来て思うのは、派手に伸びた記事より、誰にも読まれなかった日の方が意外と覚えているということです。
それでも書いて、また外して、それでも翌日に書く。
気づけば、その繰り返しが15万PVになっていました。
今回、ここでは書き切れなかったことも含めて、noteではもう少し深く書いています。
「バズらなくても、書き続ける意味はあるのか」
もし今、発信していてそんなことを少しでも感じているなら、読んでもらえたら嬉しいです。
僕が約1年書き続けて、15万PVまで来て初めて分かったことを残しました。
続きはnoteで◀️



レイジさぁん
おめでとうございまぁす🎉🎊
続けるって ほんと大変なことだと思う
地道に続けてるレイジさん尊敬するー🙌
久我さーん!すごい✨15万PVおめでとうございます👏✨コツコツと継続されている姿、かっこいいなぁトスナオに思います。note、またひっそりと読みに行かせていただきます🙌