329本書いてわかった。noteは流れるSNSではなく、言葉を寝かせる場所だった
どうも、久我レイジです。
気づけば、noteの累計PVが13万を超えていました。
全体ビューは130,313。
記事数は329本。
スキは11,074。
コメントは315。
こうやって数字だけ見ると「かなり読まれてますね」と言ってもらえることがあります。
ありがたいです。
本当にありがたい。
でも正直に言うと、嬉しさと一緒に、少しだけ別の感情もありました。
329本も書いて、まだここなのか。
たぶん、贅沢な悩みに聞こえるかもしれません。
でも、書いている本人としては、もう少し遠くまで届いてほしかった気持ちもあります。
これは伸びるだろうと思って出した記事が、静かに終わったこともありました。
逆に、時間をかけた記事より、勢いで書いた記事の方が読まれたこともあります。
発信を続けるというのは、そういう小さなズレを何度も味わうことなのかもしれません。
SNSをやっていると、投稿直後の反応を見てしまいます。
いいね、コメント、シェア。
見ないふりをしても、やっぱり見てしまう。
ただ、329記事書いてみて思うのは、noteの強さは投稿した瞬間だけでは決まらないところにある、ということです。
数か月前の記事にスキがつくことがあります。
ずっと前に書いた記事が、検索から読まれることもあります。
書いた時にはあまり反応がなかった文章が、遅れて誰かに届くこともある。
SNSのように流れていく発信とは、少し違う。
もちろんSNSにはSNSの強さがあります。
瞬発力もあるし、人との距離も近い。
でも、noteにはnoteの強さがある。
書いた文章が、その場で終わらずに残る。
僕にとっては、そこが思っていた以上に大きかったです。
検索から来る人は、たぶん僕のことを知りません。
Project Aliveも『クロスロード』も、clusterでドラマを撮っていることも知らないまま、たまたま記事にたどり着く。
でも、最初はそれでいい。
いきなり作品に来てもらうのは、かなり難しいです。
だからこそ、先に文章で出会ってもらう。
考え方に触れてもらう。
そこから少しずつ「この人は何を作っているんだろう」と思ってもらえたらいい。
noteも、Substackも、日々のSNS投稿も、僕にとっては作品にたどり着いてもらうための入口です。
バズを否定したいわけではありません。
バズったら普通に嬉しいです。
できればバズりたいです。
でも、バズらなかったから意味がない、とは思わなくなりました。
記事も、作品も、公開した瞬間だけで価値が決まるわけではない。
329記事書いて、ようやく少しだけわかってきた気がします。
残しておいた言葉が、あとから静かに働きはじめることがある。
僕はたぶん、その遅れて届く感じに、まだ少し期待しているんだと思います。




レイジさん、残した記事の期待感!今サブスタでそれを感じてます、いや願ってます!
レイジさん、すごいですよ。レイジさんの記事とビューをみて桃子も自分のビューをみてみましたが、全体は約21万ビュー、コメントが2100でした。3年前からガチにやってこれですよww💦😊noteはしっかり読んでコメントくれる優しい読者さんが多いので大好きです。しかも古い記事が検索で読まれたり、過去記事も取り上げられるのでまさに文章が資産になる場所ですね。