情報で満腹なのに、人に飢えてい
どうも、久我レイジです。
最近、音声市場についての記事を読んでいました。
ポッドキャスト、AI音声、オーディオブック、ライブ配信。音声まわりの市場が広がっているという話はもちろん面白かったんですが、僕が一番引っかかったのはそこではありませんでした。
AIがここまで進化しているのに、人はまだ「人の声」を求めている。
ここが、かなり面白いなと思ったんです。
今は、知りたいことがあれば検索すれば出てきます。ChatGPTに聞けば、だいたいの答えも返ってくる。動画も記事もニュースも解説もノウハウも、もう浴びるほどあります。
正直、情報だけなら足りています。むしろ多すぎるくらいです。
それでも人は、ポッドキャストを聴き、Voicyを聴き、Substackで記事を読み、コメントを返し、ときにはライブ配信に集まる。
なぜなのか。
僕は、AIが奪うのは人間の仕事というより、「人間の平均値」なのかもしれないと思っています。
そこそこ分かりやすい文章。整った説明。便利な情報。無難なまとめ。そういうものは、これからどんどんAIが作れるようになります。
しかも速くて、疲れず、文句も言わない。
人間が普通にやっていた「まあまあ上手いこと」は、AIに置き換わっていく。これは怖い話です。
でも、そこで全部終わるわけではありません。
「この人の話だから聞きたい」
これは、まだ簡単には作れない。
同じ内容でも、誰が話すかで届き方は変わります。少し言葉に詰まるところ、考えながら話している間、思わず笑ってしまう瞬間。完璧ではないけれど、その人がちゃんとそこにいる感じ。
たぶん人は、情報だけではなく、その温度を受け取っているんだと思います。
音声メディアの強みは、家事をしながら、移動しながら、作業しながら聴けることです。目を使わなくても情報に触れられるし、動画のように画面へ張り付かなくてもいい。
でも、それだけならAI音声でもいいはずです。
今のAI音声はかなり自然です。ナレーションも作れるし、多言語化もできる。声そのものを生成する技術も進んでいます。
それでも人が人の声を聴くのは、その奥にある体温や考え方に触れたいからなのかもしれません。
声には、文字に出にくい迷いが出ます。言い切れない感じも出るし、嬉しさも悔しさも、たまに隠しきれない。
そこには効率だけでは測れないものがあります。
AIが整えるほど、人間の揺れが見えてくる。
最近、Substackが居心地いい理由も、そこにある気がしています。
ここには、ただ情報が流れているだけではなく、人がいます。記事を書いている人がいて、読んでいる人がいて、コメントが返ってくる。
僕自身、Substackを使っていて感じるのは、単に役立つ情報だけが読まれているわけではないということです。
少し迷いながら書いた記事に、思った以上にコメントがつくことがあります。完成されたノウハウより、「ああ、この人も同じことで引っかかっていたんだ」と伝わる文章の方が、深く届く瞬間がある。
これはXのように、ものすごい速さで流れていく場所とは少し違います。
もちろん、Substackにも課題はあります。通知は弱いし、日本語圏はまだ小さいし、使いにくい部分もある。そこは正直、かなり惜しいところです。
それでも、少し立ち止まって言葉を受け取る空気がある。
記事を書くことで考えを残し、音声やライブ配信で声として届ける。コメントでやり取りをして、また次の記事につながっていく。
この循環は、AI時代の発信にかなり合っている気がします。
情報を大量に流すだけなら、AIの方が向いています。
でも、人が人として残っていく場所を作るなら、文章と声の組み合わせはかなり強い。
僕自身、AIは毎日使っています。創作にも発信にも仕事にも、もう欠かせない存在です。メタバースドラマの制作でも、AIは発想を広げたり、作業を支えたりする大きな力になります。
だからこそ思うんです。
AIが増えるほど、人間がいらなくなるのではなく、その人にしか出せない言葉や声の価値が上がっていくんじゃないかと。
完璧な情報を届けるだけなら、たぶん僕じゃなくてもいい。
でも、僕が何に引っかかり、何を面白がり、どこで迷っているのか。メタバースドラマを作りながら、AIを使いながら、それでも人の声や言葉に救われていること。
そこまで含めて届くなら、それは僕が発信する意味になる。
情報は足りています。
でも、人が足りない。
だから僕は、まだ書くし、たぶん声でも話す。
完璧じゃなくても、そこに人がいるなら、言葉はまだ届くと思うから。



私も音声配信をするようになったので「この人の話だから聞きたい」は意識しないといけないなーと考えさせられました😊
人としての温かみを大切にしたいです✨