稼ぐを優先すると、思考が濁る
稼ぐために作るのか、作り続けるために稼ぐのか。
どうも、久我レイジです。
稼ぐことを考えるたびに、少しだけ自分の中で引っかかるものがあります。
もちろん、お金の話を避けたいわけではありません。創作を続けていくなら、そこはどこかで必ず出てきます。時間も必要だし、機材も必要だし、人と何かを作るなら、現実の負担もある。
好きなことだから全部無料で、気合いで、情熱で、というのは言葉としてはきれいだけど、それだけで長く続けるのはなかなか難しい。
だから僕は、収益化やマネタイズを否定したいわけではありません。
ただ、最近よく思うんです。
稼ぐことを優先しすぎると、思考が少しずつ濁っていくんじゃないか、と。
最初は、ただ作りたかったはずなんです。この物語を形にしたいとか、この景色を残したいとか、この人たちと一緒に作品を作りたいとか。そういう、まだ数字になる前の熱みたいなものがあったはずなのに、発信を続けていると、いつの間にか別のものが前に出てくる。
気づけば、「これは伸びるのか」とか、「読まれるのか」とか、もっと言えば「収益につながるのか」みたいなことを、作る前から考えてしまうことがある。
もちろん、考えた方がいい部分もあります。
誰にも届かないまま置いておくだけでは、作品も活動も広がっていかないので、届け方を考えること自体は大事です。タイトルも考えるし、サムネイルも考えるし、どの場所でどう出すかも考える。
実際、僕も記事タイトルを直しているときに、少し強い言葉を選んだ方が読まれそうだなと思うことがあります。サムネイルを作るときも、もっと煽った方が目に留まるんじゃないかとか、黄色い文字を強く入れた方がクリックされるんじゃないかとか、そういうことは普通に考えます。
でも、そのたびに少しだけ引っかかるんです。
これは本当に、僕が届けたい温度なのかな、と。
強い言葉にすれば届くかもしれない。でも、強くしたぶんだけ、作品の中にあった静かな部分が削れていくこともある。
ここが難しいところです。
創作や発信は、ただ黙って置いておけば届く時代ではないと思います。だから、見せ方を考えることは必要です。検索される言葉を入れることも、SNSで伝わりやすい形に整えることも、たぶん避けて通れない。
でも、そこに引っ張られすぎると、自分の中の順番が変わってしまうんですよね。
作りたいから届け方を考えていたはずなのに、いつの間にか、届きそうだから作るようになっていく。
残したいから発信していたはずなのに、反応が取れそうだから言葉を選ぶようになっていく。
このあたりから、少し危ない気がしています。
メタバースでドラマを作るなんて、効率だけで見たら本当に回り道だらけです。アバターで集まって、仮想空間の中で立ち位置を合わせて、声を入れて、撮影して、編集して、何度も確認して。
ひとつのシーンを撮るだけでも、思ったより時間がかかることがあります。
もっと簡単に見える方法はいくらでもあるのかもしれない。
でも、その面倒くささの中にしか残らない温度がある。
誰かが少し緊張しながらセリフを言う空気とか、撮影の合間に笑ってしまう瞬間とか、うまくいかなくて何度もやり直したあとに、やっと画面の中に入ってくる感情とか。
そういうものは、数字だけでは測れないんですよね。
僕は、そこを雑にしたくないんです。
稼ぐために作るのか。
作り続けるために稼ぐのか。
この違いは、見た目よりずっと大きい気がします。
稼ぐために作るとなると、作品は手段になります。でも、作り続けるために稼ぐなら、作品は中心に残る。お金はその周りを支えるものになる。
たぶん、僕が守りたいのはこの順番なんだと思います。
数字を見るな、という話ではありません。むしろ見た方がいい。現実から目を逸らしたまま続けるのも、それはそれで危ういです。
ただ、数字を見る前に、一度だけ作品を見る時間は残しておきたい。
これは本当に作りたかったものなのか。
一緒に作ってくれた人に、ちゃんと胸を張れるものなのか。
未来の自分が見たときに、残してよかったと思えるものなのか。
そこを飛ばしてしまうと、たぶん僕の創作は、少しずつ僕のものではなくなっていく。
稼ぐことは必要です。そこはもう、きれいごとでは済まないと思っています。
でも、それを一番前に置いた瞬間、見えなくなるものがある。
しかも、そういう見えなくなったものの中に限って、あとから「あれ、こっちの方が大事だったんじゃないか」と思うものが混ざっていたりする。
そんなことを考えながら、今日もまた記事のタイトルを直したり、サムネイルの文字を少し弱めたり強めたりしているわけですが。
結局、僕もまだ全然揺れています。
ただ、その揺れをなくしたいとは思っていません。迷わない人になりたいわけでもないし、数字を見ないふりをして、きれいなことだけ言っていたいわけでもない。
それでも、迷いながらでいいから、できれば作品の方を見ていたいんですよね。
たぶん今は、それくらいの感覚です。



わたしも、ふんわり似たような事考えてました
言語化されてて、読んでてスッキリしました。
頷きすぎて首もげそうでした🙂↕️🙂↕️🙂↕️