どうも、久我レイジです。
朝5時に起きて、今日は少し制作を進めようと思っていた。
でも、その前にSNSの通知を開く。
一件だけ返すつもりだったのに、相手の投稿を読み、そのままコメントを書く。気づけば、制作に使えるはずだった時間がほとんど残っていない。
そんな経験、ありませんか。
発信は大切です。
どれだけ時間をかけて作品を完成させても、その存在を知られなければ、なかなか観てもらえません。
僕が制作したメタバースドラマ『クロスロード』も、本編を公開しただけでは、ほとんど見つけてもらえませんでした。
NGシーンやメイキング映像を出し、制作の裏側まで伝えたことで、初めて作品に興味を持ってくれた人もいます。
だから、発信をやめればいいとは思っていません。
ただ、発信を続けるほど、そこに使う時間も増えていきます。
投稿を考えて、届いたコメントに返事をする。相手の発信を読んで、自分の言葉を残す。
一つひとつは数分でも、それが毎日積み重なると、創作時間を少しずつ削っていきます。
そしてSNSには、すぐに反応が返ってきます。
コメントが届き、数字が動き、誰かに見てもらえていると分かる。
一方で、創作はなかなか反応が返ってきません。
何時間取り組んでも、完成するまでは誰にも見えない。自分では進めているつもりでも、外から見れば何も起きていないように見えます。
だから僕も、形になるまで時間のかかる創作より、反応の返ってくる発信へ安心を求めていたのかもしれません。
それと、もう一つ思うことがあります。
心が疲れている時ほど、SNSは刺激が強すぎます。
普段なら素直に受け止められる誰かの成功が、自分の遅れに見えてしまう。数字が伸びている人を見て焦ったり、何気ない言葉に必要以上に傷ついたりする。
タイムラインを見ただけなのに、見る前より疲れている。
そんな日もありますよね。
そういう時は、無理に居続けなくてもいいと思うんです。
今日見なかった投稿によって失うものは、思っているほど多くありません。
発信することと、タイムラインに居続けることは違います。
作品を届けるために発信する時間と、作品を作る時間を分ける。心が疲れている日は、少し距離を置く。
発信を減らしたいわけではありません。
創作する時間と、自分の心を守りたいだけです。
タイムラインはこちらの状態を知りません。
だから今日は見ないと決めることも、通知より先に制作画面を開くことも、自分で選んでいいのだと思います。



どれだけ時間をかけて作品を完成させても、その存在を知られなければ、なかなか観てもらえないことや、他の人の投稿を見るとつらくなることとか、コメントみたり返したりしてるとかなり時間とられてしまうとか。
たしかにそうだなと感じます。
見ないことで失うものはそう多くはないかもと言われるとホッとしたり。
なにを優先するか考えさせられます。🤔
今日3回目読んだ
発信を減らしたいわけではありません。
創作する時間と、自分の心を守りたいだけです。
それでいいんだよなって
大丈夫だよって
涙出てきた...
マタキマス|・ω・*)︎✿ヘンシンフヨウ