情熱だけで走った作品は、いつか権利で転ぶ
どうも、久我レイジです。
作品を作っていると、どうしても作ることそのものに意識が向きます。
脚本を書くとか、撮影するとか、編集するとか。
僕の場合はメタバース空間でドラマを作っているので、アバターの動きやカメラの位置、ワールドの空気感、セリフの間合いみたいなものをずっと考えています。
そこに熱があるから、作れるんだと思います。
でも、作品を外に出すとなると、もうひとつ避けて通れないものがあります。
著作権です。
正直、楽しい話ではないです。
創作の気持ちが乗っている時に、権利や規約を確認する作業は、かなり地味です。確認している途中で、気持ちが少し重くなる時もあります。
でも、ここを飛ばしてしまうと、あとで作品ごと止まる可能性がある。
それが怖いんですよね。
メタバース映像制作は、思っている以上にいろいろなものが画面に映ります。ワールドの中にある看板やロゴ、現実のお店に似た名前、背景として何気なく置かれているもの。
撮っている時は「雰囲気がいい」で済んでいたものでも、作品として公開する時には、別の目で見直さなきゃいけないことがあります。
アバターも同じです。
VRoid Studioで自作したモデルは、商用利用できる範囲があります。
ただ、そこに他の人が作った衣装や髪型、テクスチャ、アクセサリーを組み合わせるなら、話は少し変わってきます。
BOOTHなどで購入した素材も、買ったから何でも自由に使えるわけではありません。
商用利用はできるのか、映像作品に使っていいのか、改変やクレジット表記はどうなっているのか。
このあたりは、素材ごとに本当に違います。
規約を見ずに使ってしまうと、著作権侵害だけではなく、利用規約違反やライセンス違反につながる可能性もあります。だから面倒でも、ひとつずつ確認するしかないんだと思います。
音楽は、特に甘く見ない方がいいです。
ドラマに音楽が入ると、一気に感情が動きます。
そのシーンの温度が変わるし、登場人物の心まで近くなる。
でもその裏には、作詞、作曲、編曲の権利があり、歌唱や演奏に関わる人の権利があり、音源そのものにも権利があります。
「雰囲気に合うから使った」では済まない。
ここは、映像制作をする人ほど早めに意識しておいた方がいい部分だと思っています。
今の僕は、まだ大きな場所で名前が知られているクリエイターではありません。
でも、無名だから大丈夫という話ではないんですよね。
作品は、どこで誰に見つかるかわかりません。
たまたま誰かの目に留まるかもしれないし、何かのきっかけで広がるかもしれない。その時に、「これ、権利的に大丈夫なの?」と言われてから慌てるのは、たぶん遅い。
それは作品そのものを傷つけることにもなるし、関わってくれた人たちにも迷惑をかけることになる。
だから僕は、著作権や商用利用の確認は、創作を縛るものというより、作品を外に出すための準備だと思っています。
アバターも、ワールドも、音楽も、ひとつずつ確認していく。
派手な作業ではないし、誰かに褒められる部分でもないけれど、その積み重ねがあるから、YouTubeにも出せるし、clusterのようなメタバースプラットフォームで、公式機能や規約の範囲内で有料チケットを販売して、劇場公開することも現実味を持ってくる。
権利の部分を自分たちでクリアできるようになると、作品の出し方を自分でコントロールしやすくなります。
これは、かなり大きな強みです。
もちろん、そう言うと、
「映像とか音楽とか、そんなもの自分で作れない」
と思う人もいるかもしれません。
でも、僕も3年前まではほとんど同じでした。
メタバースでドラマを作るなんて、最初から分かっていたわけではありません。撮影の仕方も、演出の作り方も、アバターで感情をどう見せるかも、正解がどこかに置いてあったわけじゃない。
特にメタバースドラマというジャンルは、まだやっている人が本当に少ないです。
お手本がないんですよね。
だから、自分たちで悩みながら進んできました。
どう撮ればドラマに見えるのか。
どうすれば、ただのアバターの動きではなく、人の感情に見えるのか。
どうやって音楽や映像を整えて、作品として外に出せる形にするのか。
全部、試行錯誤でした。
でも、たぶん大事なのは、最初からできるかどうかではないんだと思います。
「やれない」で止まるのか。
それとも、「やるためには、どこから進めばいいのか」と考えるのか。
この差は、かなり大きいです。
そしてこれは、別にメタバースドラマに限った話ではない気がしています。
何かを始める時は、だいたい誰でも初心者です。映像でも、音楽でも、文章でも、発信でも、最初から全部できる人なんて、たぶんそんなにいません。
それでも少しずつ触って、失敗して、確認して、また直していく。
そうやっているうちに、最初は遠くに見えていたものが、少しだけ自分の手の届く場所に近づいてくることがあります。
もちろん、気合いだけで何でも解決するわけではありません。
権利の確認も必要だし、勉強も必要だし、時間もかかります。
でも、動かなければ何も変わらないのも、たぶん本当です。
作品を作る熱量と、作品を守る意識。
そして、できない理由で止まらずに、どうしたら進めるのかを考えること。
その全部が揃って、ようやく自分のコンテンツを自分で育てていけるのかもしれません。
著作権は、創作のブレーキに見える時があります。
でも本当は、安心してアクセルを踏むための確認なのかもしれない。
そんなことを、メタバースでドラマを作りながら、最近よく考えています。


