僕は、止まるのが少し怖い
どうも、久我レイジです。
今日は、まだsubstackの記事を書けていませんでした。
たったそれだけなのに、少しだけ胸の奥がざわついていました。
正確に言うと、書こうとは思っていました。頭のどこかでは、ずっと「今日の記事、どうしようかな」と考えていたんです。
Xの返信をしたり、他の人の投稿を読んだり、やることを少しずつ進めたりしながらも、どこかでサブスタックのことが引っかかっている。でも、いざ書こうとすると、なかなか文章にならない。
書くことが何もないわけではありません。むしろ、頭の中にはいくつも断片があります。創作のこと、発信のこと、SNSのこと、メタバースドラマのこと、AIのこと。
ただ、そのどれを掴んでも、今日は少し薄く感じてしまうんです。
こういう日、僕は少し怖くなります。
たった一日書いていないだけなのに、「このまま止まってしまうんじゃないか」と思ってしまう。大げさかもしれませんが、毎日何かを発信している人なら、この感覚は少しわかるんじゃないかなと思います。
発信って、単なる宣伝ではないんですよね。
もちろん、作品を知ってもらうために書く。活動を届けるために書く。作っているものを見てもらうために、言葉にする。それは間違いなく大事です。
でも、僕にとって発信は、それだけではありません。
自分の中にまだ熱があるのかを確認する作業でもあります。今、自分は何を考えているのか、何に引っかかっているのか、何を面白いと思っていて、何に違和感を持っているのか。
書いてみて、ようやく見えることがあります。
逆に言えば、書かないままでいると、自分の中にある熱が本当に残っているのか、少しわからなくなる時があるんです。
僕が怖いのは、たぶん発信が一日止まることそのものではありません。
一日くらい書かなくても、世界は何も変わらない。誰かに怒られるわけでもないし、数字が一気に崩れるわけでもない。
それでも怖いのは、止まった瞬間に、自分の中の何かまで薄くなってしまう気がするからです。
創作をやめたいわけではありません。むしろ、続けたい気持ちはあります。でも、続けたいと思っていることと、実際に続けられることは別です。
作りたいし、書きたいし、届けたい。そう思っていても、手が止まる日はあります。そして、その手が止まった時間が長くなるほど、「自分は本当にまだ創作者でいられているのか」と、少し不安になる。
これは、少し大げさかもしれません。
でも、僕にとって文章を書くことは、創作の外側にある作業ではありません。むしろ、自分がまだそこに立っていると確かめるための時間に近いです。
毎日創作をしていると、作業は尽きません。
脚本、演出、撮影、編集、告知、SNS、コメント返信。やろうと思えば、いくらでもやることはあります。
でも、作業だけをしていると、自分がどこへ向かっているのかを見失うことがあります。目の前のタスクは進んでいるのに、自分の言葉が追いついていない。そんな感覚になることがあるんです。
だから、文章を書く時間は大事なのだと思います。
きれいにまとめるためではなく、自分の中にあるものを一度外に出すため。格好いいことを言うためではなく、「今日の僕は、こう感じていた」と残しておくため。
もちろん、書けない日もあります。止まりそうになる日もあります。
でも、そこで完全に止まってしまうのは、やっぱり少し違う気がしています。
まとまらなくても、少しだけ書いてみる。格好悪くても、今の自分を残してみる。熱が弱い日なら、弱いまま書いてみる。
それも発信のひとつなのだと思います。
今日のこの記事も、正直、最初からきれいに書けたわけではありません。
何を書けばいいかわからないまま、書けない自分のことを書いています。でも、それでいいのかもしれません。
発信は、いつも完成された自分を見せるためだけの場所ではないからです。
迷っている自分や、止まりかけている自分。それでも、まだ何かを残そうとしている自分。
そういうものも、ちゃんと創作の一部なのだと思います。
書けない日があるし、止まりそうになる日もあります。それでも僕は、今日の自分を一行でも残しておきたい。
それが、明日の創作につながる気がするからです。
だから今日も、無理やりではなく、でも逃げずに書いておきます。



レイジさん、こんにちは😊
「書けない自分のことを書いています。」
この言葉が、とても心に残りました。
私も以前は、書いては消して、書いては消して…結局何も残らないことがよくありました。
今は、「書けない」もそのまま書いていいんだと思えるようになって、
少し気持ちが楽になりました😊
素敵な気づきをありがとうございます🍀
レイジさん、とっても誠実な投稿で、初めてコメント書かせていただきます。何かとても共感できるものがありました。私自身毎日書く派出ないのですが、ひしひしと感覚が伝わる表現が良かったです。今日は最後までしっかり読ませていただきました。ありがとうございます。