フォロワー700人なのに、人が集まった感じがしなかった
どうも、久我レイジです。
Substackを使い始めて、30日ほどが経ちました。
最初の1ヶ月としては、ありがたいことに、想像していた以上に読んでもらえました。
フォローしてくれた人も増えました。登録してくれた人もいます。記事も、それなりに読まれました。
数字だけを見れば、たぶん「順調ですね」と言ってもらえると思います。
でも、その数字を見ながら、僕の中には少し変な感覚がありました。
増えているのに、あまり「人が集まった」という感じがしなかったんです。
これは、悪い意味ではありません。むしろ逆です。
Xで投稿が伸びた時のように、一気に人が流れ込んでくる感じではなく、誰かから小さな紹介状が届いて、それをきっかけに、ひとり、またひとりと訪ねてきてくれるような感覚がありました。
通知は増えている。読まれてもいる。
でも、バズっている感じではない。
この違和感が、僕にはかなり面白かったんです。
Xでは、注目が一気に動きます。
投稿して、見られて、反応がついて、場合によっては一気に広がる。あの速さには、もちろん魅力があります。
ただ、そのぶん流れていくのも速い。
昨日あれだけ反応があった投稿が、今日にはもう遠い昔のものみたいに感じることもあります。
見られたはずなのに、残っていない。届いたはずなのに、関係にはなっていない。
そんな感覚が残ることがあるんです。
Substackは、そこが少し違いました。
一気に跳ねるというより、誰かが読んでくれて、そこから別の誰かが気づいてくれる。
数字は増えているのに、騒がしくない。
その静かさの中で、人がちゃんと動いている感じがありました。
ただ、ここで全部を「Substackはこういう場所です」と言い切るつもりはありません。
まだ30日です。
分かったような顔をするには、さすがに早い。
でも、少なくとも僕が見ていた数字の裏側には、Xで見てきた拡散とは少し違う動きがありました。
ここが、今回いちばん書きたかった部分です。
そして、もう一つ。
数字を見て、少し痛かったところもあります。
読んでくれた人の反応は悪くない。けれど、そもそも開かれていない記事もある。
ここは、正直かなり考えさせられました。
どれだけ本文に熱量があっても、開かれなければ存在しないのと近い。
「中身で勝負したい」
これは本音です。
でも、中身を読んでもらうための入口を整えないまま、そう言ってしまうのは、少し逃げなのかもしれません。
タイトルや冒頭、サムネイル、投稿するタイミング。
そういう入口の部分を、もっとちゃんと見ないといけないなと思いました。
Substackは、フォロワーをただ増やす場所というより、読者との関係を少しずつ育てていく場所なのかもしれません。
バズるためではなく、また読みに来てもらうために書く場所。
まだうまく言い切れないけれど、僕は今、そんなふうに感じています。
noteでは、この30日間の実際のデータを出しながら、もう少し詳しく書きました。
数字だけを見ると、悪くないと思います。
でも、ちゃんと見ていくと、安心できる部分と、かなり痛い部分が両方ありました。
なぜ、増えているのに「人が集まった感じ」がしなかったのか。
そして、僕のタイトル設計はどこが弱かったのか。
そのあたりを、かなり正直に書いています。
Substackを始めたばかりの人や、Xとの違いに少し戸惑っている人には、たぶん何かしら参考になると思います。
続きはこちらから読めます。



この続きはnoteにガッツリとデーターを含めて
記事にしてあります
https://note.com/kuga_rage/n/n688c6a120264?app_launch=false
読みました。サブスタとXの大きな違いは、フォロワー<購読者に価値があるところじゃないでしょうか?
メルマガと同じ機能を、SNS上でできること。
10000人のフォロワーよりも、濃い1000人の購読者がいる。
これに僕はより価値を感じる。
それを構築できるのが、substackの魅力かもしれません。
そして、購読者のメーリングリストは、そのまま自分の資産になる。
これってすごいことですよね。