「誰をフォローしたか」で評価される世界、そろそろ苦しくないですか
どうも、久我レイジです。
「フォローしてくれないなら、こちらもフォローしません」
SNSを見ていると、そういう空気を感じる場面って時々ありますよね。
ただ、僕自身はあまりそういう感覚では動いていません。
というのも、Substackって、フォロー数やフォロワー数が相手からほとんど見えないんですよね。
つまり、数字を見せることで影響力を演出する構造が、他のSNSほど強くない。
だからこそ最終的には、「誰がどれだけ数字を持っているか」よりも、「その人が何を発信しているのか」の方が、ちゃんと見られる場所なんじゃないかなと思っています。
もちろん、数字そのものを否定したいわけではありません。
実際、どれだけの人に届いているかというのは、発信を続ける上で大切な指標でもありますし、最初の安心感にもつながると思うんです。
ただ、僕自身は、フォローされているかどうかだけで人との距離を決めるよりも、実際に交流してくれる人との関係を大切にしたい気持ちの方が強いんですよね。
コメントをくれたり、いいねを押してくれたり、何気ない会話をしてくれたり。
そういうやり取りを重ねていく中で、「この人とはちゃんとつながれているな」と感じることの方が多い気がしています。
なので、関わってくださる方に対しては、フォローの有無に関係なく、こちらからも自然にフォローを返すことが多いです。
気づけば、かなりの数の人と繋がれてます。
もちろん最初は、お互いどんな人なのかもわからないですし、何に興味を持っているのかも見えません。
でも、発信を続けていると、「今までは興味がなかったけど、ちょっと気になった」
とか、「昔やっていたことを、またやってみたくなった」みたいな言葉をもらうことがあって。
そういう瞬間を見ると、人とのつながりって、最初から綺麗に整理されて始まるものではないんだろうなと思うんです。
むしろ、少しずつ知っていく中で、残る人は残るし、違うなと思った人は自然と離れていく。
自分軸で発信していると、その流れはわりと自然に起きるんですよね。
だから最初から、「相互じゃないとダメです」みたいな形で強く線を引いてしまうと、本来つながれたかもしれない人との距離まで、狭くしてしまう気もしています。
人との関係って、数字だけでは測れないですし、フォロー一覧だけを見ても、本当の空気感まではわからないですからね。
はい、ということで、SNSも発信も、結局は「誰と、どう関わっていくか」なんだろうなと思います。


