信頼関係は、あとから編集できない
どうも、久我レイジです。
メタバースドラマを作っていると、技術や実績よりも先に、見なければいけないものがあるんだなと、最近あらためて感じています。
それは、信頼関係です。
これは作品づくりの現場だけではなく、SNSでの交流でも同じだと思っています。SNSでは、フォローやいいね、短いやり取りだけで、なんとなく距離が近くなったように感じることがあります。
でも、本当に一緒に何かを作れるかどうかは、そこだけではまだ分からないんですよね。
少し前に、創作関係のことで連絡をいただいたことがありました。
とても丁寧に、自分がこれまでやってきたことや、できることを伝えてくださったんです。文章から熱意も感じましたし、関わりたいと思ってくれたこと自体は、ありがたいことでした。
ただ、お互いにまだ面識がほとんどない状態でした。
SNSで少しつながったばかりで、作品づくりの考え方も、現場の空気も、どんな距離感でやり取りできるのかも、まだ分からない。
その状態で、いきなり大きな役割をお願いするのは、やっぱり難しいんですよね。
僕がここに慎重になるのは、過去に痛い経験があるからです。
メタバースドラマ『クロスロード』は、制作に3年かかりました。本来は、2年ほどで完成させる予定でした。
でも制作の途中で、楽曲まわりの認識にズレが出てしまい、そこから大きく予定が崩れました。
最初に話していた内容と、あとから出てきた考え方が噛み合わなくなってしまったんです。
もちろん、どちらか一方だけが悪いと簡単に言える話ではありません。こちらにも、もっと早く確認しておくべきことや、言葉にしておくべきことがあったと思っています。
ただ、そのズレがきっかけで、結果的に作品の完成は大きく遅れました。
1年です。
個人制作にとって、1年の遅れはかなり重いです。時間だけではなく、関わってくれている人たちの熱量や、作品を待ってくれている人との距離感も、少しずつ変わっていきます。
だから今は、誰かと一緒に作るときに、技術だけでは判断できなくなりました。
この人とは、ちゃんと話し合えるのか。
途中で考えが変わったときにも、少し立ち止まってすり合わせができるのか。
希望していた形とは違っても、そこで関係を切らずにいられるのか。
そういうところは、プロフィールや実績だけでは見えません。
そしてこれは、SNSでの交流にも近いものがあると思っています。
信頼関係がまだない相手とのやり取りは、思っている以上に難しいです。
こちらは軽く言ったつもりでも、相手には強く届くことがある。逆に、相手の何気ない言葉が、こちらには少し引っかかってしまうこともある。
お互いの温度を知らないまま距離だけが近くなると、言葉の扱いが少し雑になるんですよね。
そこから小さなすれ違いが生まれることは、たぶん誰にでもあると思います。
思っていた返事ではなかったとき。
希望していた形とは違ったとき。
自分にとって分かりやすいメリットが、すぐには見えなかったとき。
そういう場面で、どうやり取りが続いていくのか。
そこに、少しずつ人柄や距離感が出る気がします。
信頼関係は、長い自己紹介や実績の説明だけで一気に作れるものではなくて、小さなやり取りの積み重ねの中で、ゆっくり形になっていくものなのかもしれません。
作品づくりも、SNSでの交流も、結局は人と人です。
もちろん、うまい人と作れたらうれしいです。
熱量のある人と出会えたときも、やっぱり心は動きます。
でも今の僕は、それ以上に、少しずつ信頼を積み上げられる人と、長く作品を作っていきたいと思っています。
たぶん、そこを飛ばしてしまうと、あとから作品の方が耐えられなくなる。
『クロスロード』の3年は、楽しいことだけではありませんでした。
でも、その時間があったから、今の僕は少し慎重になったのだと思います。
それが良いことなのか、臆病になっただけなのかは、まだ分かりません。
作品を最後まで届けるためにも、SNSで余計なすれ違いを増やさないためにも。
たぶん、信頼関係は急いで飛ばさない方がいいんだと思います。
最近は、そんなことを考える時間が増えました。



実績や熱意は見えやすいですが、すり合わせができる人かどうかは、小さなやり取りの温度に出ますよね。
創作でもSNSでも、信頼を飛ばして関係だけ急ぐと、あとで作品のほうが息切れする。そんな実感のある文章でした。
覆水盆に返らずですね😭