どうも、久我レイジです。
僕の最新作『記録にない君』では、メタバース空間とアバターを中心にしながら、一部に動画AIを使う予定です。
割合で言えば、メタバースが80%から90%。動画AIは10%から20%くらい。
全部をAIで作るわけではありません。
作品の中心は、これまでと変わらずメタバースです。
僕が監督を務めたメタバース恋愛ドラマ『クロスロード』も、AIを使わずに制作しました。
声優、アバター出演者、エキストラを合わせて61人。人が声を入れ、人が演じ、メタバース空間で撮影して作った作品です。
撮影中に偶然生まれた間が、思っていた以上に良かったり、演者の声を聞いたことで、書いた時とは台詞の意味が変わったりする。
効率だけでは生まれないものって、やっぱりあるんですよね。
では、なぜ最新作では動画AIを使うのか。
メタバースをやめたいからではありません。
むしろ、メタバースドラマをもう少し先へ進めたいからです。
『記録にない君』は、記憶と現実の境界が物語に関わってきます。
現実のように見えるのに、どこかがおかしい。
本当に起きた出来事なのか、それとも誰かの記憶なのか。
そういう違和感を映像で表現しようとすると、メタバース空間とアバターだけでは、どうしても難しい場面があります。
ほんの数秒の映像のために、大きなワールドを一から作るのも現実的ではありません。
これまでは、予算や技術の問題で諦めていた表現もありました。
でも、動画AIを使えば、そこに少しだけ手が届くかもしれない。
僕が期待しているのは、そこです。
ただ、映像を作れるから使う、では駄目だと思っています。
新しいから、派手だから、AIを使ったと言いたいから。そんな理由で入れてしまえば、作品よりもAIの方が目立ってしまいます。
僕が作りたいのは、AI映像の見本ではありません。
見終わったあとに、登場人物の気持ちや物語が残るドラマです。
キャラクターがなぜ黙ったのか。
なぜ好きなのに離れようとしたのか。
沈黙を何秒残すのか。
演者の声を聞いて、台詞や演出を変えるのか。
そこは、監督である僕が決めます。
AIは映像を生成できます。
でも、その映像が物語に本当に必要なのか。ただ目立っているだけなのか。そこまでは決めてくれません。
人が演じる部分は残す。
撮影現場で生まれる偶然も残す。
その上で、メタバースだけでは表現しきれなかった、記憶と現実の境界に動画AIの力を借りる。
AIでメタバースドラマを置き換えるのではなく、メタバースドラマだけでは届かなかった場所へ進む。
僕は、そのために動画AIを使います。



その感覚わかります。
AIを創造創作の中心に置くのではなく
AIを我々の創作思想の中に組み込む。
あくまでも手段の一つ
という考え方で僕はAIと向き合ってます
久我さん、おはようございます。
人だけだと大変な部分をAIを使うことで
表現したい世界を実現するってステキですね。
AIをうまく使って、創造の幅を広げたいですね。
心動く記事をありがとうございます🎶