たしかに好きになった人が、どこにも記録されていなかった
メタバースドラマ『クロスロード』の次に、僕が描きたい“記録に残らない恋”の話
どうも、久我レイジです。
その人は、たしかにいたはずなんです。
声も聞いたし、同じ時間を過ごした感覚もあります。心が動いた瞬間だって、たぶん嘘ではなかったと思うんですよね。
それなのに、どこにも残っていない。
もしそんなことが起きたら、人はその存在を信じ続けられるのか。最近、そんなことを考えながら、新しい作品を作っています。
タイトルは、『記録にない君』です。
詳しい内容は、まだ全部は話せません。話しすぎると、この作品のいちばん大事な違和感を壊してしまいそうなので、今は少しだけにしておきます。
『クロスロード』を作りながら、僕はずっと仮想空間の中にある人の感情を見てきました。
画面に映るのはアバターです。でも、その奥には演じる人がいて、声を届ける人がいて、見届けてくれる人がいる。
だからこそ、僕はメタバースドラマをただの実験だとは思っていません。
『クロスロード』では、仮想空間の中で人が誰かを想うことを描いてきました。では、その次に何を描くのか。
そう考えた時に、僕の中に残ったのが「記録に残らない存在」でした。
この物語の入口にあるのは、たしかに会ったはずの誰かが、どこにも存在していないように見える違和感です。
会話をしたし、笑ったし、心も動いた。けれど、参加者の一覧にも、残っているはずの映像にも、その人の名前がない。
覚えているのは、自分だけかもしれない。
そうなった時、人はどこまで自分の記憶を信じられるのでしょうか。形として残っていないものは、なかったことにされてしまうのでしょうか。
人間関係でも、似たようなことはある気がします。
あの時、たしかに傷ついた。たしかに嬉しかった。たしかに救われたし、たしかに誰かを好きだった。
でも、それを証明するものが何もなければ、簡単に「そんなことあった?」で終わってしまうことがあります。
言った、言わない。あった、なかった。覚えている、覚えていない。
そのズレの中で、人の気持ちは思った以上に削られていくんですよね。
『記録にない君』は、たぶんその痛みから始まっている作品です。
ジャンルとしては、ミステリー要素を強めに置いた物語になると思います。ただ、謎を解くだけの話にはしたくありません。
その奥には、ちゃんと恋愛があります。
誰かを好きになること。その人を信じたいと思うこと。でも、信じるための材料が少しずつ崩れていくこと。
好きになった相手が、本当にそこにいたのかさえわからなくなる。これは、怖いというより、静かに苦しいことです。
この物語を、僕はメタバースドラマとして作っています。
でも、見せたいのは技術ではありません。画面の奥にいる人の気配です。
メタバースという場所には、不思議なリアリティがあります。
画面の中にいるのはアバターです。でも、その奥には声があって、感情があって、同じ時間を過ごした人がいる。
なのに、触れられない。
残るのは、ログや映像やスクリーンショットの断片だけです。だからこそ、消えた存在というテーマが、メタバースでは少し違う痛みを持つ気がしています。
見えていたのに、残っていない。覚えているのに、証明できない。好きになったのに、その人が本当に存在したのかもわからない。
そのズレが、人の心を静かに揺らしていく。
『記録にない君』は、『クロスロード』の次に、僕がどこへ向かおうとしているのか。その途中にある作品です。
心だけが覚えているのに、証明できない。証明できないのに、忘れられない。
記録から消えても、君はここにいる。
そんな厄介で、少し切ない感情を、今回は物語にしてみたいと思っています。
まだ制作途中ですが、少しずつ形にはなってきました。
あなたにも、証明できないけれど、今でも忘れられない時間や人がいるかもしれません。



レイジさん、こんにちは!
記憶の中にしかいない存在。
記憶がうるれていく中で、あれはなんだったのか?
そして、知らぬ間に忘れていきそうです。
ふと誰かが思い出すきっかけを与えてくれない限り。
すごく気になる、、、
お話はポジティブな雰囲気なので違うんでしょうけど、ネガティブな「人の存在証明とは?」を描いたMONSTER (浦沢直樹)をちょっと思い出しました。