SNSは【途中の気持ち】を全部すっ飛ばす
それでも、人は外へ向かって発信してしまう
どうも、久我レイジです。
多くの人に読まれたい。 反応されたい。
発信をしていると、やっぱりその気持ちは出てきます。
作品を作る側の人間なら、たぶん完全には切り離せない感覚なんですよね。 誰にも届かなくていいと思いながら、何百時間も使って作品を作り続けるのは、かなり難しい。
僕もそうです。
メタバースドラマを作って、noteを書いて、動画を出して、SNSで発信していると、「もっと外へ届いてほしい」と思う瞬間は普通にあります。
ただ、その気持ちだけで前に進もうとすると、途中で少し苦しくなることがある。
最近、特にそれを感じます。
昔よりも、発信が遠くまで飛ぶようになったからなのかもしれません。
メタバースという言葉自体、まだ人によって見えている景色が全然違うんですよね。
「未来っぽくて面白そう」と感じる人もいる。 逆に、「何をやっているのかわからない」と感じる人もいる。
そこに生成AIの話まで入ると、さらに空気は変わる。
僕は、AIを完全自動の代用品として使いたいわけではなくて、人間の創作を前に進めるための補助として考えているんですが、その感覚も、外に出た瞬間に全部同じ意味では伝わらない。
たぶんこれは、正しいとか間違いとか、そういう単純な話ではないんだと思います。
見えているものが違う。
それだけなんですよね。
ただ、人数が増えると、その「違う」が一気に増える。
小さいコミュニティの中で自然に通じていたものが、外へ出た瞬間に急に説明が必要になることがある。 しかも今のSNSって、途中の文脈がかなり飛ばされる。
数万文字の中の、一部分だけ。 数時間話した中の、一言だけ。
そこだけ切り取られて広がることも普通にある。
だから最近は、「どこまで広げるか」を以前より考えるようになりました。
広がること自体は、悪いことじゃないんです。 むしろ、メタバースみたいな文化は、外へ出ないと残っていかないとも思っている。
でも、外へ届けるということは、自分たちの空気ごと外気にさらすことでもあるんですよね。
そこが難しい。
届いてほしい。 でも、全部を理解してほしいわけでもない。
たぶんこの感覚、発信を続けている人ほど、少しずつわかっていくんじゃないかなと思います。
最近は、「どれだけ拡散するか」よりも、「誰に残るか」の方が気になる瞬間が増えました。
数字は見える。 でも、温度って数字に出ないんですよね。
だからなのか、広げることを考えながら、同時に守ることも考えてしまう。
なんというか、その両方を持ったまま、今の時代は発信し続けるしかないのかなと、そんなことを最近よく思っています。



説明しすぎない あえてボカす。
チラ見せってヤツ見たくなりませんか?あざといとも言うのかな?
説明って色気がない。
興味ない人に届けるには色気が効果的だと思うのです。エロ有り無し含めての色気です。