SNSのお祭り騒ぎに、僕たちはなぜ焦るのか
どうも、久我レイジです。
最近、SNSを見ていると不思議な感覚があります。
別に興味があったわけでもないのに、気づけば同じ話題を追いかけている。参加するつもりもなかったのに、なんとなく様子が気になって見に行ってしまう。
そして、少し焦っている。
みんなが盛り上がっているように見える。みんなが何かを始めているように見える。みんなが成果を出しているようにも見える。
正直、僕にもあります。
新しいSNSが話題になるたびに、「これも始めた方がいいのかな」と考える。
新しいAIツールが流れてくるたびに、「触っておかないと置いていかれるかもしれない」と思う。
創作をしていると、なおさらです。
発信もしたい。作品も作りたい。人にも届けたい。だけど、SNSの流れはとにかく速い。少し離れただけで、自分だけ何かを見逃しているような気持ちになることがあります。
でも、その感覚を少し冷静に眺めてみると、そこには人間の心理が大きく関係していることに気づきます。
心理学に、FOMOという言葉があります。
Fear of Missing Out。
簡単に言えば、「自分だけ取り残される恐怖」です。
SNSのお祭り騒ぎは、このFOMOととても相性がいい。
新しいSNSが流行る。新しいAIツールが話題になる。新しい稼ぎ方や、新しいコミュニティが盛り上がる。
すると、「乗り遅れたらまずいかもしれない」という感情が生まれます。
本当に興味があるかどうかよりも先に、「参加しないと損をするのではないか」という気持ちが動き出す。
だから僕たちは、ついSNSを開いてしまう。話題を追いかけてしまう。気づけば、お祭りの中心に向かって歩いてしまうのです。
でも、SNSにはもう一つ厄介な特徴があります。
それが、生存者バイアスです。
生存者バイアスというのは、簡単に言えば「残った人だけを見て、全体をわかった気になってしまうこと」です。
SNSでは、これが日常的に起きています。
フォロワーが増えた人。動画がバズった人。AIで成功した人。副業で結果を出した人。そうした人たちの発信は拡散され、多くの人の目に入ります。
一方で、同じように挑戦して結果が出なかった人は目立ちません。
途中でやめた人も見えません。疲れて離れた人も見えません。何度も投稿して、反応がなくて、それでも静かに続けている人も見えにくい。
だからタイムラインだけを見ていると、まるで全員が成功しているような錯覚が生まれます。
そして、その錯覚がFOMOをさらに強くします。
みんな成功しているように見える。みんな楽しそうに見える。みんな先に進んでいるように見える。
すると、「自分も急がなければ」と焦り始める。
たぶん僕たちは、熱狂に参加しているようで、焦りに背中を押されていることがある。
昔は、比較する相手が限られていました。近所の人。同級生。職場の同僚。せいぜい数十人から数百人です。
でも今は違います。
スマホを開けば、日本中、世界中の成功者が流れてきます。しかも、その人たちの一番うまくいった瞬間だけが切り取られている。
そりゃあ、焦ります。
自分だけが遅れているような気持ちにもなるし、自分のやっていることが小さく見える日もあります。
ただ、ここで大事なのは、お祭りに乗るか乗らないかではないと思っています。
お祭りそのものが悪いわけではありません。
新しい挑戦が生まれる場所でもありますし、人との出会いが生まれる場所でもあります。僕自身も、SNSのおかげでたくさんの人と出会い、作品を届けることができました。
だからこそ、距離感を間違えたくないのです。
見えている熱狂だけが、現実のすべてではありません。
SNSに映るのは、現実の一部です。
しかも、多くの場合は一番目立つ部分だけです。
誰かの成功を見て刺激を受けるのはいい。新しい流れに飛び込むのもいい。そこから作品や発信が広がることもあります。
でも、その盛り上がりを「世界の全部」だと思うと、創作の軸は簡単に折れます。
数字が動かない日。
誰にも見られていない気がする日。
周りだけが進んでいて、自分だけ足踏みしているように感じる日。
そういう日まで、自分の創作を否定しなくていい。
創作は、お祭りの中だけで生まれるものではありません。
誰も見ていない夜に書いた脚本も、再生数が伸びなかった動画から学んだことも、反応がなくても続けた発信も、全部が未来の作品につながっています。
むしろ、本当に残るものは、そういう静かな時間の中で作られているのかもしれません。
SNSのお祭りは、いずれ終わります。
次の話題が来て、次のブームが来て、また別の場所で誰かが盛り上がる。
でも、お祭りが終わったあとに残るのは、騒いだ記憶だけではありません。
自分が手を動かした跡です。
だから僕は、SNSを捨てません。
でも、SNSに人生のハンドルまでは渡さない。
SNSは、作品を届けるための場所です。誰かと出会うための場所です。新しい流れを知るための場所でもあります。
けれど、創作の中心はそこではない。
最後に戻る場所は、タイムラインではなく、自分の作業机です。
焦る日があってもいい。揺れる日があってもいい。誰かの成功が眩しく見える日があってもいい。
それでも最後は、自分の作品に戻る。
お祭りの外にも、創作はある。
だから今日も僕は、お祭りを横目に、自分の作品を作ります。



原点に戻って自分の発信したいこととしっかり向き合うことが大切だなと思います🙌
FOMOという幻想にとらわれずコツコツ積み上げるしかないですね🔥
久我さんが全部言語化して下さったので、スッキリしました。ありがとうございます😊