SNSは、いつから発表会場になったんだろう
どうも、久我レイジです。
最近SNSを見ていて、ふと思ったことがあります。
「みんな、自分のことばっかり投稿してない?」
いや、これは誰かを責めたいわけではありません。僕自身も、完全にそのひとりです。
投稿して、反応を見て、また次の投稿を考える。そんなことを繰り返しているうちに、誰かの投稿にいいねを押したり、コメントを残したりする小さなやりとりが、いつの間にか後回しになっていました。
昔のTwitter時代って、もう少し雑談の空気があった気がするんですよね。
もちろん、今もちゃんと交流している人はたくさんいます。ただ、SNS全体の空気としては、発信する場所として強くなった反面、誰かと言葉を交わす場所としては、少し乾いてきたようにも感じます。
なんというか、いつの間にかSNSが「会話の場所」ではなく、「発表会の会場」みたいになってきた。
みんながステージに立って、自分の話をしている。でも、客席に座って誰かの話をじっくり聞く人は、少しずつ減っている。そんな感覚があります。
SNSは発信すれば数字が返ってくる場所で、いいねやリポスト、フォロー数、インプレッションのように、結果がすぐ見えてしまいます。だからこそ、怖いくらい次の投稿のことばかり考えてしまうんですよね。
でも、人の投稿に反応しても、自分の数字にすぐ返ってくるわけではありません。だからこそ、発信ばかりになってしまうし、見てもらいたい気持ちが強くなるほど、誰かの言葉を受け取る余裕がなくなっていく。
僕もたぶん、誰かに見てほしいと思いながら、誰かを見ることをサボっていたんだと思います。
ここはちょっと痛いところなんですが、「読んでほしい」「反応してほしい」「覚えていてほしい」と思っているくせに、自分は誰かの投稿をちゃんと読めていたのかと考えると、少し反省するところがあります。
もちろん、全部に反応する必要はありません。毎日コメントしなきゃいけないわけでもないし、通知を全部拾えなくてもいい。無理に交流しようとすると、それはそれで疲れてしまいます。
それでも、たまにでもいいと思うんです。
「読んでますよ」「わかります」「それ、いいですね」
そんな一言が、相手にとっては思っている以上に大きいこともあります。特に、毎日発信している人ほど、何気ない一言に救われる瞬間があるんじゃないでしょうか。
SNSで本当に大事なのは、数字には出てこない信頼や安心感なのかもしれません。何度も言葉を交わすうちに、「なんかこの人、好きだな」と思ってもらえる空気が、少しずつ積み重なっていく。
それはバズのように一気に広がるものではないけれど、後からじわじわ効いてくるものだと思っています。
だから僕は、数字を完全に無視するわけではないけれど、数字だけいを追いかけるSNSにはしたくありません。発信するだけじゃなく、誰かの言葉もちゃんと受け取る。毎日じゃなくてもいいから、誰かの投稿に一言を残す。
そのくらいの小さな交流を、もう少し大事にしていきたいです。
SNSは、発表会で終わらせるにはもったいない場所だと思っています。せっかく画面の向こうに人がいるなら、ただ見せるだけじゃなく、ちゃんと言葉を交わしたいんですよね。
だから今日、誰かの投稿に一言だけ残してみる。それだけで、SNSは少しだけ会話の場所に戻る気がします。
僕はこれからも、がんばりすぎない距離感で、でも人とのつながりは大事にしながら、言葉を交わせるSNSを続けていきたいです。
そして、僕がメタバースで作っている恋愛ドラマにも、よかったら少しだけ触れてもらえたらうれしいです✨



レイジさんとの飯スタックは
いつのまにか
毎朝の日課になってました!
ご迷惑でしたらすみません👨🏻🍳
でも毎回凄く楽しませてもらっています😆
私が思っていたことを全て言語化して頂き、首がもげるほど共感しました🥺🫶
サブスタでの醍醐味は交流だと思っているので、SNSを通じてリアルでの繋がりに繋げていきたいです🍀