SNSの流行りに乗る力と、乗らない決断力
どうも、久我レイジです。
新しいSNSやサービスが出てくるたびに、少しだけ気になります。
また何か始まったのか。今度はどこに人が集まっているのか。そんなことを思いながら、つい覗きに行きたくなるんですよね。
Xやnote、YouTubeだけでも手いっぱいなのに、そこにSubstackやThreads、Blueskyのような場所まで増えてくると、全部試しておかないと遅れるような気がしてくることがあります。
でも、そこで一度立ち止まるようにしています。
SNSは増えているけれど、人の時間はそこまで増えていないからです。
新しいSNSを一つ始めるというのは、ただ投稿先が増えるだけではありません。
投稿する内容を考えて、反応を見て、誰かの伸び方を眺めているうちに、いつの間にか自分の数字と比べて、少し気持ちが揺れていることもあります。
登録しただけのつもりだったのに、気づけば通知を確認して、タイムラインを開いて、今日は何を出そうかと考えている。
それが悪いとは思いません。
新しい場所だからこそ出会える人もいるし、今まで届かなかった人に、自分の作品や言葉が届くこともあります。
ただ、なんとなく流されて増やしていくと、いつの間にか「作る時間」より「追いかける時間」の方が大きくなってしまう。
ここが、けっこう怖いところです。
だから僕は、新しいSNSが出てきたときに、勢いだけでは入らないようにしています。
気にはなります。話題になっていると、一度くらい触っておいた方がいいかなとも思う。
でも、その場所に自分の時間を置く意味があるのかは、少し冷静に見たいんですよね。
その場所に、これからも自分の言葉を置いていけそうなのか。そこにいる人たちの空気が、自分の発信や作品と合うのか。そして、書いたものや築いた関係が、ただ流れて終わらず、少しでも残っていくのか。
僕にとっては、ここがかなり大きいです。
たとえば、mixi2やPOPOPOのような新しいSNSについては、今のところ積極的には使わない方向で見ています。
否定したいわけではありません。
合う人には合うだろうし、新しい場所の初期の空気が好きな人もいると思います。そこでしか生まれない会話やつながりも、きっとあるはずです。
ただ、今の僕が時間を置く場所として考えたときに、優先順位はそこまで高くありません。
一方でSubstackは、試す価値があると感じています。
実際に触ってみると、Xのように一瞬で流れていく感じとは少し違いました。反応が爆発する場所ではないけれど、書いたものが読者の手元に届いている感覚がある。
そこは、文章を書いて残していきたい人間として、今の僕にはけっこう大きいです。
もちろん、Substackが絶対に正解だとは思っていません。
日本ではまだ広がりきっていないし、使い方も少しわかりにくい。フォローと購読の違いも、最初は少し迷うところがあります。
それでも、文章を書いて残していく人間にとっては、時間を置く理由がある場所に見えるんですよね。
流行りに乗ること自体は、悪いことではありません。
新しい場所に早く入るからこそ見える空気もありますし、そこから思わぬ出会いが生まれることもあります。
ただ、触ったからといって、ずっと続けなければいけないわけではない。
誰かが伸びている場所に、自分も必ず行かなければいけないわけではないし、新しいSNSを使わないからといって、すぐに置いていかれるわけでもない。
たぶん、これからの発信で考えたいのは、どのSNSを使うかだけではなく、自分の時間をどこに置くかなんだと思います。
何を始めるかだけではなく、何を追いかけないか。
SNSが増えていくほど、何に時間を使って、何を見ないようにするのかが、そのまま自分の発信に出てしまう気がしています。
僕も全部を追えるわけではないので、自分の時間を置く場所くらいは、ちゃんと選んでいきたいです。



人の時間は増えてない。
そのとおりですね。
Xが合わなくてSubstackに引っ越しましたけど、今は引っ越して良かったなと思います。ぼくにはXのように流れが速すぎるSNSはもう追いきれません。それこそ時間が足りない。
書いたものが確かに誰かに届いた手応えがある。バズはないけどちゃんと読まれる。Substackはその感覚があります。結局はその人の肌に合うかどうかとは思いますが、書くのが好きな人は間違いなくSubstackにリソースを使った方が将来的に資産価値がある気がします。
1日24時間、有限な時間をどこに投下するかは本当に大事ですよね
SNSがどんどん増えていく昨今
見る専であっても大変なのに、発信をする人はもっと大変だと思います
こんな時こそ「何をやらないか」を決める力が必要ですね🫧