SNSで一番怖いのは、悪意よりも「善意の距離詰め」かもしれない
どうも、久我レイジです。
最近、SNSを見ていて改めて感じるのは、「距離感」って本当に難しいということです。
仲良くなりたい気持ちはある。けれど、近づきすぎると息苦しくなることもありますし、逆に少し距離を置いただけで冷たく見えてしまうこともあります。
たった数行のコメントやDMでも、受け取り方ひとつで印象は大きく変わるので、SNS上の人間関係は思っている以上に繊細です。
僕自身、もともと群れるのが得意なタイプではありません。
誰かと話すのは好きですし、応援してもらえることは本当にありがたいと思っています。ただ、強い仲間意識の中に入りすぎたり、いつの間にか「身内だから大丈夫」という空気になっていく関係は、少し苦手です。
SNSは、顔も本名も知らない相手と簡単に繋がれる場所です。だからこそ楽しいし、創作活動の背中を押してもらえることもあります。
実際、ネットで出会った人の言葉に救われることもあるので、僕はSNSでの交流そのものを否定したいわけではありません。
ただ、一番難しいのは悪意のある人ではなく、悪気なく距離を詰めてくる人なのかもしれないと思っています。
これは特定の誰かを責めたい話ではなく、SNSを長く続けるために、僕自身が意識している線引きの話です。
「もっと仲良くなりたい」
「応援しているから知りたい」
「いつか会って話してみたい」
こういう言葉は、表面だけ見れば善意です。けれど、その善意が相手の生活や心の領域に踏み込みすぎると、受け取る側にとっては負担になることがあります。
何気なく話した地域、仕事、家族構成、よく行く場所なども、積み重なれば個人を特定する材料になることがあります。
発信を続けていると、コメントやDMでのやり取りが増えます。最初は気軽な交流だったものが、だんだん「返事をしなきゃ」「反応しなきゃ」という義務感に変わることもあります。
応援されるのはありがたい。でも、距離が近くなりすぎると、創作の自由や自分のペースが削られていくこともあるんです。
リアルとネットが繋がること自体は悪いことではありません。
ただ、ネット上で仲良く見えていた相手と実際に会った時、価値観や期待が合わないことは普通にあります。
「思っていた人と違った」「もっと親しい関係だと思っていた」という温度差から、関係がこじれることもありますし、うまくいかなかった出来事がSNS上で一方的に語られてしまう可能性もあります。
だから僕は、SNSでは相手に期待しすぎないようにしています。
仲良くすることと、依存することは違います。
応援することと、相手の時間を自由に使っていいことも違います。心地よい関係を長く続けるためには、お互いに踏み込みすぎない余白が必要です。
不快なコメントやDMがあれば、無理に向き合わず、ミュートやブロックを使う。
リアルで会う場合も、相手を信頼できるかを慎重に見て、会うなら公共の場を選ぶ。個人情報は必要以上に出さないし、どれだけ親しくなっても、守るべき生活の領域は残しておく。
こういう線引きは、冷たいことではありません。
むしろ、長く付き合うために必要な礼儀だと思います。距離感を守れる人とは、無理なく関係が続きます。逆に、こちらの境界線を何度も越えてくる人とは、早めに距離を置いた方がいい。
そこで我慢を続けても、たぶん良い関係にはなりません。
SNSは、人と繋がる場所です。
でも、自分を削ってまで繋がる場所ではありません。
僕はこれからも、SNSでの出会いや交流は大切にしたいと思っています。けれど同時に、リアルの自分を守るための境界線も手放さずにいたい。
たくさんの人と深く繋がることよりも、無理なく続けられる距離感を自分で決めること。
その方がきっと、発信も創作も長く続けられる。
僕はそこだけは、これからも間違えないようにしたいです。



距離感!
SNSほど敏感になるところですね。
敬語?タメ口?
それでも、交流は大切にしたい!
サブスタックでも大切を守りながら楽しみたいですね
レイジさん、こんにちは😃
一律にこうした方がいいという答えはなく、期待しすぎない、相手の立場から考え配慮することをもっと意識すべきだなと思いました。ありがとうございます😊