Substack Comment Keeperが拾ったのは、コメントじゃなくて信頼だった
どうも、久我レイジです。
発信を続けていると、少しずつ怖くなることがあります。
炎上ではありません。
アクセス数でもありません。
僕の場合は、コメントの見落としです。
返したくなかったわけじゃない。
気づかなかっただけ。
でも相手から見たら、それは分かりません。
「僕だけ返ってこないな」
「スルーされたのかな」
そう思わせてしまうこともある。
最近、かなえさんが作った「Substack Comment Keeper」を触りながら、そんなことを考えていました。
最初は、便利な管理ツールなんだろうなと思っていました。
誰に返信したか確認できる。
未返信のコメントも分かる。
過去のコメントも追いやすい。
発信者なら助かりそうだな、と。
そのくらいの認識でした。
でも実際に触ってみると、僕が感じたのは便利さより安心感でした。
コメントが増えてくると、本当に追えなくなるんですよね。
通知は流れるし、別の投稿に返信しているうちに前のコメントが埋もれることもある。
あとで見返そうと思っていたのに、そのまま抜けてしまうこともある。
気づいたときには数日経っていて、
「あれ、返してなかった」
となる。
あれは結構へこみます。
自分の中では見落としです。
でも、相手にとっては違うかもしれない。
発信する側と受け取る側では、見えている景色が違います。
だから難しい。
もちろん、全部に完璧に返信することなんてできません。
僕もできていません。
ただ、応援してくれる人を気づかないまま置き去りにしてしまうことは、できるだけ減らしたい。
その気持ちはあります。
Substackを始めてから感じるのは、コメントとの距離の近さです。
Xとも少し違う。
noteともまた違う。
記事を読んだあとに言葉を残してくれる人がいる。
そこから会話が始まることもある。
だから僕は、コメントを単なる数字として見られないんですよね。
1コメントは1コメントなんですが、その向こうには読んでくれた人がいる。
時間を使ってくれた人がいる。
作品を見てくれた人がいる。
だからこそ、見落としたときに少し引っかかるのかもしれません。
Substack Comment Keeperを見ていて面白いなと思ったのは、派手な機能ではなく、その引っかかりを減らしてくれるところでした。
「気をつける」だけでは限界があります。
忙しいときは抜けるし、人間だから忘れる。
そこを仕組みで補えるなら、それはかなり価値があることだと思います。
こういう困りごとを見つけて、実際に形にしてくれる人がいるのは本当にありがたいです。
特にSubstackは、まだ周辺ツールが充実しているとは言えません。
だからこそ、実際に使っている人の困りごとから生まれたものには意味がある。
僕にはそう見えました。
ただ、ツールが人との関係を作ってくれるわけではありません。
返信の内容は自分で考えるしかないし、どんな言葉を返すのかも人それぞれです。
そこは、たぶんツールではどうにもならない部分です。
でも、コメントに気づかなければ、そのスタートラインにも立てない。
見えていないものには反応できません。
当たり前なんですけど、意外とそこが難しい。
発信を続けていると、ありがたいことに反応は増えていきます。
でも同時に、見落とす可能性も増えていく。
そのときに、気づかないまま流れていくものを少しでも減らせるなら、それだけでも十分価値がある気がしています。
完璧にはできないと思います。
たぶん、これからも抜けることはある。
それでも、
「返したくなかったんじゃない。気づかなかっただけ」
そんな後悔を少しでも減らせるなら。
こういう地味なものに、あとから助けられるんだろうなと思いました。
Substackでコメントの返信漏れに悩んでいる人には、僕はかなりおすすめしたいです。



あとで返信しよう…そして忘れてしまう。
コメントにも賞味期限があるから、タイミングを逸してそのままになってしまう…
気をつけます。